It’s a my last day being 53 yo.

Today is my last day being 53 (years old).

40になった頃、30になった頃、仕事と呼ばれる『自己顕示、陶酔感』に酔っていた。

好きな仕事で描いたプランに顧客や周囲が追従する感覚、快感に溺れ己れを見失う事もしばしば。 直感的な投資や販促で大きなプロフィットを産む。 そんな中で賭け事や怪しい商売、ネズミ講的な誘いも多く寄ってきた。しかし日々の仕事が博打的で一切興味が湧く筈がない。 オーラに寄って来るって、こうゆう事かと勝手に納得した。しかしターボを蒸して長距離を走ると歪みが生じる。優秀なマシンでもそうだ、まして人間は。

今日も安価な対価で身体を使って仕事をする。

厳しく見えるが描いたプロットに経験値と想像力をスパイスにこなして行くと快感に結び付く。独自で進める手作業では協調性も要しないが、環境として長い無駄話やセコい身勝手な方に多少憤りを覚える。これは何の要求なのか?

合理的でスマートに仕事する出来た人に囲まれてたいのか?  しれはそれで嫌な面があるだろう。 己れの欲求、怒りの根源が見えない。

いつか、出来た丸い人になるだろうか。

もう54だ。

体重だけは絞れて来た。煩悩は未だ多い。

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