水没 洗濯の金曜日

これが老いの成せる技だろうか。

最近の運転免許返納関連の話題でも取り上げられる事が多い「老いて出来なくなる事」 をいつまでも希望的観測に置かず、素直に現実を受け入れないと。

7/5日 金曜は朝から曇りがちの空が午後には予報通りの雨となり、土砂降りに落雷の混じる豪雨となった。

下校時の学校は落雷の都度悲鳴嬌声が響き、台風時学校の「どこかイベントの様な」風景となった。

情報処理室前のピロティで5メートル程上方にある鳥の巣の撤去方法を相談していた私は、取り急ぎ各所の窓の戸締りと吹き飛ばされた物、風でバタバタと動くドアを閉め、二次災害予防に周り、急に薄暗くなり、迎えに来て混雑する校門前で親の車に点灯を即しているとオイルスキンカッパも意味を持たず、すぐに下着までびしょ濡れになった。

そんな慌ただしい夕刻を過ごし、帰宅して身ぐるみを洗濯機に突っ込み、新居の戸締りへと急いだ。締め切っていると湿気が心配で各所を薄く開けてあり、案の定雨が吹き込んでいる浴室や玄関の雨の状況を確認し、窓を閉め、ひと心地してIphone が見当たらない事に気付いた。車でも充電せずにラジオ天気予報を聴いたので学校かそれとも洗濯物と一緒か、、。

旧宅へ戻り、もう1台のスマホから電話を掛けてみたが「電源が入っていません、、」。確信して、終えた洗濯物を干しながら探るとズボンのポケットから iPhoneが濡れネズミ状態で登場。

考え事をしてるとき、複数の案件を熟考している時に置き忘れやフトした間違いが増えてきた。この様な「自然と熟していた事」の達成率は今後も下がって行くだろう。防ぐためには、より慎重に確認を意識しながら【ゆっくりと】こなす必要がある。それが老いってものだろう。

扇風機の前で乾燥を待つiphone を眺めながら思い返すと記憶上のお年寄りは言葉と行動をじっくり選び、考え、そのペースで行動していた。

焦って転けたりした経験と比較に基づいて導き出した『回答』だったのだろう。

反省と共に雨も止んで来た。