マーケティング巧者のつまらなさ。
うちでは日常ラジオを常用してテレビはモニターとして映画や海外ドラマの配信を視聴するのが主。
朝はニュースの一報と天気の確認の為にテレビのスイッチを入れる。 こんな家は多いと思う。
ただ、朝のニュースの時間帯でも変にバラエティ乗りで新譜の情報や、意味を成さないクイズやゲームに興じるタレントが映し出され、NHKでもトピック内容がワイドショーの様相。ファンが求めるニーズも有るのかも知れないが、私はすぐ辟易としてしまう。 仕事の朝は時間も無く、そのままOFFで支障無かったが、よく考えるとニーズに全くあっていない物に対して己の感情が厳しくなっている。PCやオンデマンドの要求に慣れた為なのか?
テレビ業界は毎分の視聴率に基づいたニーズ志向マーケティングに長けているはず。
マーケティングの先駆けであるTV業界で(すら)こうなる原因に興味が湧く。
媒体利用で最小限の投資、労力で最大の効果を狙う事から生まれたマスマーケティングは私自身も仕事の土俵だった。近年明らかに転換点を超えた。
今日、統計上 「売れている」 「人気がある」ものに対する迎合はストレートで購買に繋がる訳では無く、一つの検討要素でしか無い。 多様化とは一言で表せないニーズをどう読み解くか、万人がスマホを活用し、オンデマンド、市場データや口コミ解釈に慣れた消費者と供給元との知恵比べが楽しみだ。
私生活ではWebsiteやYouTubeで必要な素材、情報を得てモニター上に飛ばして視聴する。早送り、カットや停止も意のまま、選択肢の一つとして既存メディアもあり。オンデマンドであればCM跨ぎの時間ロスも無縁。
大相撲本場所はAbemaTVで中継も幕下から力士情報やインタビューを交えて、見逃しオンデマンドやダイジェスト短時間で全取組も求めた時に、求めて物が視聴出来る。
各媒体が広告料とCMカットを両手で商いをしているが、満足度を妨げない広告は見い出せていない。
ココ数年で不動と思えた経済、政治、社会の仕組み、生活環境も様変わりして来ており、まだ過程でしか無く、着地点等存在しないのかも知れない。
働き方、就労環境、国籍、人口分布
固定化される売上税、相次ぐ地震災害。
大仏建立でも避けられそうもない、20年遅れの世紀末的変革なのか。
功罪は